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健康法はいろいろあるけれど

このところテレビでは健康に関する番組が増え、NHKでも民放テレビでも、あれがいい、これがいい、これさえ食べていれば何の心配もない、これさえ食べていれば健康になれる。と言わんばかりのものさえあります。コマーシャルでも一杯のOOさえ飲んでいれば1日必要量の野菜の栄養が補給できる。というようなことも言われています。しかし、何の労もせず座していてそのようなものが手に入るものだろうか?と思います。

 
私も農場で作業をしていますといろんな方が話しかけてこられます。ある方が、「健康にはお金はかからない」といわれましたが、その方は私の栽培しているジャンボニンニクを分けて欲しいと言って買ってくださいました。「これで黒にんにくを作るのだ」と言われました。あまり高額なものでなくても身近にあるもので健康が保たれると私も思います。我が家では家内がもう40年も玄米食を続けています。私も当初は玄米を食べていましたが、一膳食べるのに少なくとも40分はかかっていました。一口100回から120回は噛んでいました。正食協会で教えられたとおり忠実に実行していたのです。ところが毎日忙しく食事の時間を多く持つことができなくなり、私は約8年ほどで玄米をやめ、分搗き米に麦などを入れて食べるようになりました。そのころ犬(ポチ)を飼っていました。ポチの餌には必ず米糠を混ぜて食べさせていました。ポチは白いご飯は食べませんでした。米糠をかけてやれば食べます。白い毛のポチは毛の色がきれいで、油分のせいか光っていました。

 
私はもう3年くらいになりますか、毎日米糠を食べています。一食に大匙1杯の米糠を食べます。糠は底の分厚い大きな鍋で弱火で15分程度煎ります。煎り上げて容器に移して温度を計りますと120℃くらいになっています。少し色がつくくらいで香ばしい香りがします。朝は納豆に混ぜて食べます。昼、夜はご飯に振りかけて食べますが、おかずに混ぜても食べやすいです。食べ始めて2、3日で気が付いたのは足が軽くなったことです。他にはお通じがとか目に見える形で変化があったことです。(個人の感想です)私のところではもう15年、農薬も化学肥料も一切使用せず、米も黒大豆も野菜も育てています。米糠をただ農業用だけに使うのはもったいないし、自分の栽培した米の糠ですから人間が食べるほうがよいのではと思って、精米したらすぐに煎って小袋に詰め冷凍保存しています。

 
私も米糠を食べることを進めるものですから、私の周りの方々も米糠ファンが増え、皆様から喜ばれています。今、木村式農法の米糠は米よりも高いと聞いたことがあります。糠は米の10%ほどしか取れませんし、有機栽培や自然栽培のものはわずかしかありませんので、希少価値が高いからでしょう。人間の食用にせず他の用途に回していたものが、これほど健康増進に役立つことであれば、放っておくことはないと思います。いろいろな健康法がありますが、身近なところから見直してみるのもいいのではないかと思っています。

健康長寿食を目指して Vol.01

私が料理人になってから無力だな、と感じたことの一つに、その当時は与えられたもの、販売されているものしか手に入れることができないという現実でした。最初に感じたのが1965年頃だったと思います。厨房で大きな和牛のバラ肉をフライパンで焼いていた時、異様な匂いに気が付きました。何回も匂いを嗅ぎながらBHC或はDDTの匂いだと思いました。しかし、これしか無いし、これを料理しなくてはならない、ということに限界を感じたのです。

 私が中学生の当時、1956年頃のことですが学校で「赤い旗が立っている田んぼには近寄ってはならない」と注意がありました。田にはパラチオンという農薬がまかれていたのです。BHCやDDTは子供の頃、ノミやシラミの駆除と言って、頭からかけられていた身近な存在でしたが、稲の害虫駆除のため散布されていたものです。その稲わらが牛の飼料となり、稲わらに含まれていた農薬が牛の体内に入り、脂肪に蓄積されていたものと思われます。今に至るまで日本は世界で一番多く農薬を使用し、OECDの2002年の統計では1平方㎞当たりの使用量は1.5トン。スウェーデン、ポーランド、カナダ等は0.06から0.07トンですから桁外れに大量の農薬を使用しています。世界で大量に使用されていると思われるアメリカでさえ0.21トンです。7倍以上も使用していることになります。
 
 料理人でなくても日本の消費者、家庭でも、販売されているものしか手に入らないのではないでしょうか、農家ですら自分で栽培していない物は買わなければなりません。家庭菜園をしているから大丈夫と思っていても、化学肥料や農薬を使用していませんか、折角、自分で栽培する機会が与えられているのですから、自分の菜園は安心、安全であってほしいですね、大阪愛農食品センター在職中は有機農法や自然食品について語ることもありましたが、今はあまり語る機会がなくなりました。また、一般的にも40年ほど前、私などが食品公害に立ち向かって声を挙げていた時と違い、おとなしい感じがします。食品公害について語られるのを聞く機会が少ないし、その声も弱いように思えます。食糧危機やTPPの問題にしても、今は金を出せば買えるから、安いものが入ってくるようになれば有難いと思われているのでしょうか。
 
 国力とは自分の国土で暮らす自国民に充分な食糧を生産することの出来る力を持つことではないかと思います。自分の国で生産する力が最低限の力であり、その土台の上に全てのことが蓄積され、その結果が真の国力と思えるのです。
 
 「食」は生産、加工調理、食するという過程を経る事ですがこの三つのことについてこれからも書いてみたいと思っています。当たり障りのあることを書くかもしれませんが、ご容赦ください。
 
*OECDの資料は大和肥料株式会社さんの有機農業支援技術集からの引用です。
 
 
 

虫魂碑(ちゅうこんひ)

 40年近く前になりますが、奈良県五條市の慈光会、梁瀬義了先生のところを訪れた時のことです。梁瀬先生のご案内で慈光会直営農場を見学させていただきました。農場の向かいの山は行政の開発する農場の造成で、山に大きなブルドーザーなどの重機が入って山肌を削り人工的に農地を作っていました。慈光会直営農場は大掛かりな造成ではなく、自然を生かして開墾された農場でした。畑にはキャベツなどの野菜が植えられていましたが、畑の傍に「虫魂碑」というのが建立されていました。「忠魂碑」というのは見たことがありましたが、「虫魂碑」というのは始めてで、さすがに仏教者、僧籍のある方だなと思いました。いつもご自宅でご近所の方を招き説法をされていましたが、先生の法話を楽しみに大勢の方が見えておられました。私も出席してお聴きしたことがありますがその頃は、有機農法について多く語られ、死の農法から生の農法への転換が国を救うことになる、救国の農法として力を込めて語っておられました。

 
 農場には沢山の昆虫やミミズなど土中に生息している生き物がいます。刈払機で草を刈っているとき振動に驚いてミミズが土の中から這い出して、草と一緒に切ってしまう時があります。またカエルが飛び込んで来る時もあります。草の陰で見えないときは切ってしまう時もあります。トカゲなどはすぐ前を這っていきます。なかなか逃げません。切れへんかとひやひやしますが、急ぐときは手で掴んで安全なところに放り投げます。耕運機やトラクターで耕耘する時はハクセキレイや鴉が飛んできます。セキレイは土の中から出てくる虫を取って食べます。鴉も虫を食べますが主にカエルを取って食べます。
 
 有機農法でも害虫は駆除しなければなりませんので、作物を作るためには沢山の虫などの生き物が犠牲になります。梁瀬先生は僧侶になる資格を持ったお医者様で慈悲を説き、有機農法を広め、国民の生命と健康を守る働きを始められた有機農法の先駆者です。一方で小さな虫なども憐れむ優しい心を持ち慈悲を実行された先生です。その証が「虫魂碑」です。私も農業をするようになるとは思いませんでしたが、ご縁をいただいて現在は有機農法による農家レストランを経営していますが、いつも梁瀬先生のことを思い出しながら、先生に教えられたことを実践しながら、国民の生命と健康を守る農法と、健康長寿食の研究を続けていきたいと願って励んでいます。
 
 

トラクターに乗る料理人

 岡山に移住して13年目になります。2001年に初めて桜が丘に来た時、周辺の地域を見て回り、旧農村地域と新興住宅地が隣接する、都会でもなくあまり田舎でもない、着かず離れず、程よい関係の街かなと思いました。最初、家を建てていただいた工務店の社長さんのご紹介で農地を借用しました。家を建て始めたころより休日には大阪から通って来て、家の裏の斜面を整備したり、借りた農地を耕し、作物の植え付けをしました。2002年7月初めに大阪から移転してきました。開店は1週間後でしたが、畑には夏野菜が育っていて結構間に合いました。この農地は1年で返し、役場に相談に行って3軒の農家から5反余りの農地を借用することになり現在まで続いております。


 とりあえず小型の耕運機(管理機)を購入し耕し始めました。1枚の田はプラムなどの果樹を植え、1枚はブルーベリーを植え、残りの3枚で野菜と黒大豆を栽培しました。その後、大阪愛農時代にお世話になっていた吉井町是里(現赤磐市)の愛農会の生産者K氏の勧めで米を作ることになりました。米が2枚(2反余り)黒大豆1枚(1反余り)ブルーベリーは田での栽培を中止して家の周辺に移植、2012年にはプラムの木も切り、2014年には小豆を少量ですが栽培しました。現在は米2枚(2反余り)黒大豆1枚(1反余り)野菜1枚(1反弱)小豆(1反弱)の栽培となっています。大型の農機や専用の農機具が無いため、田の耕耘や田植え、稲刈りなど他の農家の助けを得てやっておりますが、ぜめて、耕すぐらいは自分でやりたいと2012年になって乗用トラクターを購入しました。


 60歳になって農業をはじめ、70歳になってトラクターに乗るようになりましたが、まさか本当に農業をするなんて思っていなかったところに、普通であれば現役を引退してもおかしくない年齢ではありますが、今はトラクターに乗り田畑を耕し、田の代掻きもして作業範囲が広がりました。昨年は農協から黒大豆の脱粒機を借り、自分で脱穀をしました。田植えと稲刈り、乾燥籾摺りは人手に頼っていますが稲作用の機械の購入、設備は不可能なことですので、これからも他の農家の方に助けてもらわなければ出来ませんので、中途半端な状態です。借り農地ですのでやむを得ないのです。


 私は料理人です。料理人は材料を調達して料理を作っていればいいわけで、通常、農業までしなくてもいいのです。私は料理人の線を越え、農業の世界に入ってしまったのです。よく私は言いますが、農場は第二の厨房です。本当は第一の厨房が農場かもしれません。料理は材料の良し悪しで全てが決まります。調理技術が一定の水準であれば材料次第です。料理人はちょっと手を加え、煮炊きをして調えるだけです。そのように考えると、料理人が農の世界に入っていくことはごく自然なことなのではないでしょうか、私は、現役を続ける間この両道を歩き続けるつもりです。トラクターに乗る料理人であり続けたいのです。
 

ダイエットについて

今の世の中は痩身に憧れ、ダイエットブームではありますが、偏見と言われるかもしれませんし、誤解や批判を恐れずに申し上げますと、そのようなブームには賛成しかねます。食べて痩せるとか、飲んで痩せるとか、減量さえすれば良とする健康ブームは考え物だと思うのです。私たちが子供のとき、太っている人など見たこともなかったです。毎日良く働いて少しの食べ物を分け合って、毎日ひもじい思いをして暮らしていました。体重を減らすのであれば食べる量を減らせばいいのです。極簡単なことです。ご飯もおかずも少しずつ減らせばよいのです。おなかは満腹したい、おいしいものは食べたい、但し太りたくない。虫が良すぎるのです。正食を学んでいるとき、「10年正食を続けると事業が出来る。」と言われました。実際、玄米と野菜を食べていればそんなにお金もかかりませんし、健康になりますし実現可能であると思います。

 

食事は何のためにするのでしょうか。一つは栄養を取り入れ健康で強い体を作ることです。そのためにはバランスよく栄養が摂れる調理と言うものが必要となるのです。「食」は楽しみの面があります。美味しい食事を頂きながら家族団らんのひと時を過ごすことは、幸せな家庭の象徴的な出来事ともいえます。人生のさまざまな局面に食事はつき物です。よくハレと言われますように、普段の食事とお祝い事など非日常的なものとあります。私の子供の頃日常は質素な食事でした。ご飯と味噌汁と漬物だけでした。お盆とか正月とか何かお祝いのときはいつもよりは品数も多く、時には魚などがつくときもありました。何か事があるときは子供にとっては楽しみでした。今は年中ハレのような食事をしています。メリハリのない贅沢にならされているように思います。そのような中でダイエットと言う言葉をよく耳にしますから、考えさせられるのです。

 

年をとりますと若いときのようにたくさんの量を食べることが出来なくなります。また食べても栄養が身につかなくなることもあります。日々の食事が、栄養の摂取が重要になるのです。量が少なくても充分に栄養が取れる食事を作らなければなりません。栄養が吸収されやすい調理法が必要なのです。年をとると火が恋しくなります。体が冷えるのです。それが元で不調を訴えるようになるのです。体を温める調理法を覚える必要があります。そのためにはよく火を通す調理をしなければなりません。火力による熱は調理を通し食物からもエネルギーとして体内に吸収されます。体を冷やす食物は出来るだけ避けるようにします。関節が痛んでくれば、関節のために栄養となるものをとらなければなりません。歯が痛ければカルシュームが不足しているかもわかりません。人間の体は食物で出来ていますから、そのところそのところに必要な栄養をとるようにすることです。歯も不自由になってきますが、出来るだけ良くかむようにすること。お茶漬けのようにあまりかまずに流し込むような食事よりは、時間をかけてよくかんで食べることを心がけましょう。世界の6億の人は今でも飢餓に苦しんでおられます。日々の食事がいただけることを感謝して、喜んで食事を作り、心豊かに食卓を囲みましょう。

 

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