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マクロビオティックと民族の伝統食、郷土食について

マクロビオティックと言えば何か特別な料理であると考えがちですが、そうではありません。身土不二の原則とか一物全体食アク抜きをしない、不必要な茹でこぼしをしない、白砂糖を食べないなど他にも重要な原則というものがあります。そういったことも民族の伝統食、郷土食などで伝えられてきたものもあるわけですし、伝統食、郷土食を無視したマクロビオティックは存在しないと思います。世界各国各地域に多数の民族が暮らしていますが、それぞれの固有の暮らし方があり、他の民族と違いが生まれてくる次第です。過去に於いては食糧の確保と貯蔵が大きな問題で、どこの国でも神経を使ってきたことです。身土不二と言っても交通機関の発達していない時代は、必然的に身土不二になっていたのです。どんなに玄米がいいといっても、玄米のないところでは玄米が炊けません。あるものでしか食事は作れないのです。そう遠くない時代の食生活を思い出してみてください。それが地域における伝統的な食であったはずです。今の時代に伝統食とか郷土食といっても、モデルがほとんど存在しないといっても過言ではない状況です。料理教室はそのようなことをお伝えしなければならないのですが、これからの課題です。

 

気候と食
身土不二と一言で言いますが、気候と食べ物は大変重要なテーマです。その地域の気候では栽培できないものもありますし、その地域の気候風土から判断しなければなりません。野菜で言えば普通に露地栽培でできるもの、旬のものをいただくことが前提となるのです。ばっかり食とよく言われますが、ばっかり食が当たり前なのです。今現在その地域ではそれしかできないのですから、当然そればっかり食べなければならないのです。現在はどこにでも、季節とかに関係なく豊富に食べ物が並べられ販売されていますから、目移りもしますし食べてみたくなるのです。

 

調味料について

料理の味付けの基礎は塩味です。料理を食べたとき何か物足りなく感じるときがあります。その場合、塩が足りないことが多いです。人の体液の塩分濃度は0.9%と言われています。人体にとって0.9%の塩分濃度は維持しないと身体が持たないのです。日本人は塩分を取りすぎて病気になっている。と言われていますが、110gの塩分が必要とも言われています。一度計りに10gの塩を載せてみてください。結構な量で驚かれると思います。1日にこんなに沢山の塩分はなかなか取れないのではないですか、塩は摂り過ぎると喉が渇きますから、放っておいても水を飲みます。自分の身体に合ったように水を補給して塩分調整をしています。汗をかいた時は水分補給だけではなく、塩を取ることを奨めるのはそのためです。

日本食で欠かすことの出来ない調味料で醤油があります。塩分濃度は濃口で18%くらいです。薄口で2022%くらいです。100g18gですから1gの塩分を濃口醤油からとる場合、5.56g必要です。味噌の場合塩分が15%くらいですが、同様に100g÷15g6.67です。1gの塩分です。塩分計算をこのように考えると、味噌汁に110g使って1.5gの塩分を摂取したしたことになります。

 

塩とにがり
海水には多くのミネラルが含まれています。にがりを摂取する健康法もあるくらいです。沖縄では海水そのものを使って豆腐を作ります。昔の日本の家庭、農家などでは、塩は一度に大量に買っていました。そしてわらすぼ(地方のことばで稲わらで編んだ入れ物)に入れてつるしておきます。その下に容器を受けておきますと、塩の表面に付着しているにがり分が、潮解現象によって下に滴り落ちます。底に溜まったものが貴重なにがりで、年に数回、何かの大事な行事のときに豆腐を作っていたのです。にがりも摂り過ぎはよくないですが、適当な割合(塩8792%くらい、にがり813%くらい)で摂取していれば、ミネラルバランスが取れていいと思います。一物全体食の項でも書きましたように部分食といいますか、ある成分だけ抽出というよりは、出来るだけ全体を利用するという立場からも、精製塩のように純度の高いNACLより、にがりがある程度含まれたものがよいと思われます。

 

そのような観点から、味噌、醤油などもどのような塩が使われているかが重要です。調味料の選定についても以上のようなことも考えて選んでください。梅干、漬物など、塩が使われているもの全てについて言えることです。

 

塩は長い間、専売法によって自由に製造したり販売できないものでしたが、今は色々な塩が出回っています。自分の好みによって好きな塩が購入できますが、ラベルなどもよく注意してみることです。なんといっても調味料の中の調味料で一番大切なものですから、おろそかに出来ません。

 

アク抜きをしない理由

「アク」はそのものの個性です。辛、酸、甘、鹹、苦、渋、などあります。料理で言うところの辛、酸、甘、鹹、苦、渋、全てがアクの中にあります。うまみ成分も含まれますが、一般的に味覚としては5味といわれますが、料理を作る者にとっては、渋みと旨味を加え、七味としたいです。人を始め動物はあく(この場合タンニン等の渋み)をあまり好みません。子供は特に嫌がります。それはまだ本能で判断する部分が多いからです。本能的に苦味と感じるものは口に入れた瞬間吐き出します。非常に辛いものや、酸のきついものは飲み込みません。これは本能による生体の防御反応です。これは大切にしなければなりません。人は本能で分かりながらそれらの危険性を感じるものを食用としてきました。危険なものはあく抜きをして食べなければなりません。但し、そのものが持つ個性でアクを抜くことにより、特性(栄養分)が失われることがあります。食養料理ではこのアクが身体にとって益となるよう変化させるようにします。技術というほど大げさではないかもしれませんが、一つの方法です。

筍とかわらび、ぜんまいなど山のものはアクがきついですからアク抜きをしなければ食べられません。筍の場合、米ぬかと唐辛子を入れてゆでる方法が一般的ですが、皮付きのままオーブンで時間をかけてローストしてもアクが抜けます。この場合は高温の熱を使うわけです。また食養では牛蒡のきんぴらも切ってから水に放してアクを抜くことはしません。鍋に油を入れ熱によってアクを旨味に変えるのです。

 

無水煮についての注意
牛蒡などきんぴらにするときは無水煮の技法を使います。千切りや笹がきにする場合、切れない庖丁で無理やり切って時間がかかりすぎると、真っ黒になりますし、長い時間空気にさらすので乾いてきます。無水煮にするように言われたからといって、一滴の水も加えずに無水煮にした場合、鍋底や渕にこびりつきます。このような場合臨機応変に水を補うことです。一つの方法はまな板の上に少し水を打ってごぼうを切るとか、或いは鍋に入れる場合、少量の水を油と一緒に入れることです。カリカリにこびりついて焦がし、美味しくないものを作るよりはましですから、何事に於いてもこだわりすぎずに融通性を持つことが重要です。

 このように鍋の中で、油と熱によってアクを中和することにより、そのものの持つ特性が生かされます。無水煮によって栄養成分が吸収されやすい料理に変わるのです。牛蒡のように精の強いもの、この場合、陽の強いものは陰である水の中にアクとともに栄養分も流れ出るのです。蓮根でも切って水にさらすと蓮根の澱粉質も流れ出ます。人参などカロテンまで流れ出ます。この講座で無水煮を完全にマスターするつもりで頑張りましょう。

 

マクロビオティックの基本的な考え方

身土不二(しんどふじ)の原則
韓国の済州島に行ったとき、有名な植物園を見学しました。正面入り口の右側に大きく、身土不二(しんどふじ)と書かれていました。中国から伝わり、朝鮮半島にも広がり、わが国にもこのような考え方が入ってきました。身体と土(環境)とは密接な関係があり、不離一体のものという考え方で、その土地で暮らす人はその土地で出来たものを食べるのが自然で、一番身体のためにも良いということです。厳しい環境であれば厳しい環境に耐えて育った作物、そこで取れた魚介類、或いは山の動物も貴重な食物であったはずです。極端な加温ハウスなどで作らず、自然の中で育ったものは、ともに暮らしともに育つという地域循環型の生き方に結びつきます。

 

一物全体食の原則
一物全体(いちぶつぜんたい)とは、一つの食材は一つ丸のままであれば素材として完全なものであるという考え方です。例えば玄米、米は籾殻をとっても玄米の状態であれば、土にまけば発芽します。卵は殻にはカルシュームも多く含まれますが、雛が孵化するに充分な栄養が含まれ、孵化後48時間は生きていける栄養素を持っています。一物全体で忘れてならないのは、一物には命があります。発芽して成長する命があります。卵でも有精卵であれば孵化するのです。計りで測ることは出来ませんし目に見えませんが、生きているのです。その命を大切に頂くために、皮をむいたり一部分だけを食べるのではなく、全体を頂くことです。人参や牛蒡は皮をむかずに料理します。根菜類は基本的に皮をむきません。皮をむく場合は、その皮の利用方法も考えます。

 

玄米を食べる
米を食べると云う事は一物全体の基本となる考え方です。玄米を食べられない方もありますから、それなりの工夫が必要です。料理教室で学んでください。桜沢先生は玄米又は無砂搗き五分米という表現をされています。麦を分搗き米に混ぜて食べることも消化吸収、栄養の面ではよいことだと思います。

玄米食で注意することは、フイチン酸のことがあります。玄米食をされている方の中には、フイチン酸によって毒物が排泄されるといわれますが、毒物の排泄もする反面、穀物は燐酸の多く含まれる肥料で育てると、穀物の中にフイチン酸が増え、フイチン酸によって体内のミネラル分が排泄される。という説もあります。毒物の排泄は確かに行われるでしょうが、他のミネラルも失われることも考えられますから、ミネラルバランスやビタミン類の摂取を考えた料理の組み合わせが必要です。玄米だけ食べていれば大丈夫というのは改めなければなりません。

 

普通食と養生食
病気の養生のための食事は、シンプルに、つまり、玄米だけから始めます。それは色々な体に良くない食べ物を食べて病気になる場合もあるからです。その為には身体にたまった毒素なども排泄し、身体をリニューアルしなければなりません。簡単で早く治療効果を挙げるために断食が行われるのは理に叶っているのです。ただ、通常の生活の中で何時までも養生食を続けると栄養不足が起こりますから、見極めが大切なのです。

 

料理教室での献立
料理教室では「家庭で出来る簡単マクロビ」といっています。基本的なことと応用の組み合わせです。100点満点ではありませんが、70点以上です。このような組み合わせであればどなたでも食べられる。というのが一番大切だと考えているからです。食べてもらえなければどんなに100点満点の料理でも、0点になってしまうのです。食べているうちに知らず知らずのうちに、このところ元気になったような気がする。体調がよくなったとか疲れなくなったとか、そのような反応が出てきたら効果があったことになるのです。続けることが一番で、辛抱強く取り組んでいただきたいと願っています。

マクロビオティックについて

わが国では、明治時代に石塚左玄先生によって始められ、明治29年に「化学的食養長寿論」という本を著し、その中で食育ということばを初めて使ったと言われています。伝統食を守り、食育を進め、その後弟子によって広められましたが、その中でよく知られているのが桜沢如一先生です。先生は日本のみならずヨーロッパに広められ、先生の弟子の久司道夫先生がボストンで活躍され、久司マクロとして逆輸入され、ブームを呼んでいます。大阪では「正食協会」がマクロ(正食)の普及に努め、現在も正食の講座、料理教室などで、啓発活動を続けられています。

基本的には民族の伝統食が基本となります。私は玄米と野菜だけという立場には立っておりません。何事でも主義主張、原理原則にとらわれると、物事の本質から遠ざかる危険性があります。民族の伝統食、すなわち地方食(方食)郷土料理が大切と考えています。その中で食養という立場に立つと、健康なとき、身体が弱ったとき、病気になったときなどはその対策をしなければなりません。食養は時代とともに変化したり強調点が変わることは当然です。それは時代とともに世の中が変わり、食生活が違うからです。

 

食養は個々人によって対応が変わるのです。皆、一斉に同じものを食べているわけではないからです。料理教室では少し極端に、玄米、野菜料理というパターンもあります。またあまり家庭ではしない料理が出てくる場合もあります。個々の料理はそれぞれ意味があって、技術を取得するため、味付けがきちっとできる、集中力、忍耐力を養う、材料を無駄にしない、食べてくださる方に対する思いやりや愛情を込めた料理、さまざまなことを想定して組み合わせます。料理を作りながらそのようなことを感じ取っていただければ、「料理教室」の目的が達成されると思います。いくつかの原則的なことを書きます。毎回そういったことの中からお話しして、受講生の皆様の質問、疑問にお答えしながら進めて行きたいと思っています。

 

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